<いろは順>
五十音順は言えるけど、いろは順はどこまで言えるでしょうか?
「いろはにほへとちりぬるを」までは覚えている人も多いでしょうが、
その後はどうなっているのでしょう!
<いろは歌>
ひらがな
いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ つねならむ
うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑひもせす
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漢字交じり
色は匂へど 散りぬるを
我が世誰ぞ 常ならむ
有為の奥山 今日越えて
浅き夢見し 酔ひもせず
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元々は、すべての仮名文字を一回だけ使って、覚えやすい歌の形に整理された手習い歌です。
「し」が「じ」と濁音で示されているものもあります。
意味を見ていきましょう。
先ずは、語句の意味から
「色」:容姿、姿。
「匂う」:内面の美しさなどがあふれ出て、生き生きと輝く。
美しく色を染める。
「常」:いつも変わらないこと。永遠であること。
「有為」:常に生滅し永続しないすべての物事
「酔う」:心を奪われてうっとりする。また、自制心を失う。
歌の意味(直訳)は、
美しく咲く花も、いずれは散るように、
この世に生きる誰もが、永久に生き続けられるものではない。
越えられない奥山を今にも越えるような浅はかな夢に酔うことはできない。
実は、いろは歌は
「涅槃(ねはん)経」の仏語
諸行無常(諸行は常無し)
是生滅法(是れ生滅の法なり)
生滅滅已(生滅し、滅し已って)
寂滅為楽(寂滅するを楽となす)
を読み替えたものなのだそうです。
「諸行(万物)は常に移り変わり、これが生滅の法である。
生じ滅するといった移り変わりを終え( 生死を超えて)、寂滅(悟り)を安楽とする。」
「平家物語」もこれを引用しています。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を顕す。
驕れる人も久しからず、唯春の夜の夢の如し。猛き者も遂には滅びぬ、偏に風の前の塵に同じ」
七五調でなく、七調で区切り、最後の文字を続けて読むと
「とかなくてしす(咎なくて死す)」となる事は、よく知られているらしい。(知らなかった!)
いろはにほへと
ちりぬるをわか
よたれそつねな
らむうゐのおく
やまけふこえて
あさきゆめみし
ゑひもせす
いろは歌の作者や歌の誕生は不明ですが、10世紀末〜11世紀中期と推測されています。
作者は「空海」とする説もあるが、かな使いが時代背景と違う為、まず間違いだそうです。
(注)後に、新たに加わった「ん」が追加されます。「ん」のかわりに「京」とするものもあります。
「京」になっているのは、いろはかるたによるものと推測されます。
<かるた>
「かるた」という名前はポルトガル語で「カード」を意味する「carta〔カルタ〕」がそのまま日本に
伝えられたとされています。
平安時代の二枚貝の貝殻をあわせる遊び「貝覆い(貝合せ)」が、やがて貝に歌や絵を書いて遊ぶ
ようになりました。これがヨーロッパ由来のカードゲームと融合し、江戸幕府の元禄時代(1688-
1703:将軍は徳川綱吉)に「百人一首かるた」として生まれたようです。
「いろはかるた」は江戸幕末・嘉永(1848-1854)の頃に生まれたと考えられています。
いろはかるたは上方(関西)で生まれ、後に江戸、尾張に伝わったもので、諺も違いがあります。
いろは歌のいろは順に従って、諺(ことわざ)と合わせたのが「いろはかるた」です。
「いろはかるた」には「江戸かるた」、「上方かるた」、「尾張かるた」があります。
「上方かるた」にも種類があり「京かるた」というものもあります。
江戸かるたは最初の「い」の諺が、「犬もあるけば棒にあたる」から「犬棒かるた」
とも言われるそうです。
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江戸 | 上方 |
尾張 |
い | 犬も歩けば棒に当たる | 一寸先は闇 | 一を聞いて十を知る |
ろ | 論より証拠 | 論語読みの論語知らず | 六十の三つ子 |
は | 花より団子 | 針の穴から天覗く | 花より団子 |
に | 憎まれっ子世にはばかる | 二階から目薬 | 憎まれっ子頭堅し |
ほ | 骨折り損のくたびれ儲け | 仏の顔も三度 | 惚れたが因果 |
へ | 屁をひって尻すぼめる | 下手の長談義 | 下手の長談義 |
と | 年寄りの冷や水 | 豆腐に鎹 | 遠くの一家より近くの隣 |
ち | ちりも積もれば山となる | 地獄の沙汰も金次第 | 地獄の沙汰も金次第 |
り | 律義者の子沢山 | 綸言汗のごとし | 綸言汗のごとし |
ぬ | 盗人の昼寝 | 糠に釘 | 盗人の昼寝 |
る | 瑠璃も玻璃も照らせば光る | 類をもって集まる | 類をもって集まる |
を | 老いては子に従え | 鬼も十八 | 鬼の女房に鬼神 |
わ | 破れ鍋に綴じ蓋 | 笑う門には福来る | 若いときは二度ない |
か | かったいの瘡うらみ | かえるの面に水 | 陰うらの豆もはじけ時 |
よ | 葦(よし)のずいから天井のぞく | 夜目遠目傘のうち | 横槌で庭掃く |
た | 旅は道連れ世は情け | 立て板に水 | 大食上戸餅食らい |
れ | れうやく(良薬)は口に苦し | 連木で腹切る | 連木で腹切る |
そ | 総領の甚六 | 袖の振り合わせも他生の縁 | 袖の振り合わせも他生の縁 |
つ | 月夜に釜を抜かれる | 月夜に釜を抜かれる | 爪に火をともす |
ね | 念には念を入れよ | 猫に小判 | 寝耳に水 |
な | 泣きっ面に蜂 | なす時の閻魔顔 | 習わぬ経は読めぬ |
ら | 楽あれば苦あり | 来年の事を言えば鬼が笑う | 楽して楽知らず |
む | 無理が通れば道理引っ込む | 馬(むま)の耳に風 | 無芸大食 |
う | 嘘から出た真 | 氏より育ち | 牛を馬にする |
ゐ | 芋の煮えたもご存じない | 鰯の頭も信心から | 炒り豆に花が咲く |
の | 喉元過ぎれば熱さを忘れる | ノミと言えば槌 | 野良の節句働き |
お | 鬼に金棒 | 負うた子に教えられて浅瀬を渡る | 陰陽師身の上知らず |
く | 臭いものに蓋をする | 臭い物に蝿がたかる | 果報は寝て待て |
や | 安物買いの銭失い | 闇に鉄砲 | 闇に鉄砲 |
ま | 負けるが勝ち | まかぬ種は生えぬ | 待てば海路の日和あり |
け | 芸は身を助く | 下駄と焼き味噌 | 下戸の建てた蔵はない |
ふ | 文はやりたし書く手は持たぬ | 武士は食わねど高楊枝 | 武士は食わねど高楊枝 |
こ | 子は三界の首枷 | これにこりよ道才坊 | こころざしは松の葉 |
え | えてに帆を上ぐ | 縁と月日 | 閻魔の色事 |
て | 亭主の好きな赤烏帽子 | 寺から里へ | 天道人殺さず |
あ | 頭隠して尻隠さず | 足元から鳥が立つ | 阿呆につける薬はない |
さ | 三遍回って煙草にしょ | 竿の先に鈴 | 触らぬ神にたたりなし |
き | 聞いて極楽見て地獄 | 鬼神に横道なし | 義理と褌かかねばならぬ |
ゆ | 油断大敵 | 幽霊の浜風 | 油断大敵 |
め | 目の上のこぶ | 盲の垣のぞき | 目の上のこぶ |
み | 身から出た錆 | 身は身で通る | 蓑売りの古蓑 |
し | 知らぬが仏 | しはん坊の柿のさね | 尻食へ観音 |
ゑ | 縁は異なもの味なもの | 縁の下の舞 | 縁の下の力持ち |
ひ | 貧乏暇なし | 瓢箪から駒 | 貧僧の重ね食い |
も | 門前の小僧習わぬ経を読む | 餅は餅屋 | 桃栗三年柿八年 |
せ | 背に腹は変えられぬ | せんちで饅頭 性は道によって賢し | 背戸の馬も相口 |
す | 粋は身を食う | 雀百まで踊り忘れぬ | 墨に染まれば黒くなる |
京 | 京の夢大阪の夢 | 京に田舎あり | |
江戸と上方のかるたは「京」で終わっています。なぜ最後が「京」なのか知っていますか?
本来は「ん」ですが、「ん」で始まる言葉がないので「ん」の代用として考えられたものだそう
です。道中双六(どうちゅうすごろく)の上がりが「京」なので終わりつながりの発想です。
尾張は47枚(本来のいろは歌)です。
道中双六は江戸時代にはやったすごろくです。江戸日本橋を振り出しにして、東海道五十三次を
進行し、京都の京橋で上がりになります。
かるたは上方から江戸に伝わった為、「京」の言い回しにそれぞれの思いが込められているよう
な気がします。上方かるたでは「京・大阪」に「夢」をからめて、「京の夢」は公家で官位を極
めること(地位)、「大阪の夢」は商売で儲けること(金)を意味するのでしょう。 どちらも上
方が一番というような様に思えます。江戸かるたでは「京」に「田舎」をからめて、上方が都会
であることは認めつつも、京にも田舎があるぞと冷やかな態度に感じます。
<百人一首かるた競技>
元禄時代から一般庶民の間にも広がりはじめ、お正月の良き団欒として各家庭でも行われる
ようになったのは、ずっと後の安政(1854-859)の頃だと言われています。
「競技かるた」のルールは場所によって様々でした。ルールが統一されたのは、ずっと後の
明治37年(1904)です。早く札を取るための方法を分析し、競技かるたを確立したのは、明治の
ジャーナリスト黒岩涙香氏でした。
涙香氏は新聞「萬朝報」に「かるた早取り法」の特集記事を掲載して、第1回の全国競技会を、
東京日本橋の常磐木倶楽部で開催したのです。
その後、大正時代から昭和初期にかけて百人一首かるたは全国的に広がりました。
そして昭和23年(1948)、戦争のために中断していた百人一首かるた界を復興、統一して全日本
かるた協会が設立されます。平成8年(1996)より同協会は社団法人として活動しています。
(同協会の活動内容は全日本かるた協会HPから抜粋)
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